人間じゃない癖に

カンザキイオリ 3rd One-Man Last Memory「自由に捕らわれる。」

セルフライナーノーツ

僕は僕のことも全部、誰かが決めてほしい。

朝起きたら何をするべきなのか。朝ごはんは何を食べるべきか。日焼け止めは何を塗るべきか。歯磨きは何を使うべきか。昼ごはんは?休憩中の過ごし方は?趣味の選び方は?夜ご飯は?

何もかも誰かが決めてほしい。だってこの世には、選択肢が多すぎる。

 

朝、スムージーを飲むことにハマっていたことがある。

夏に新しいシェイカーを買ったのがきっかけだった。朝ごはんを毎回選ぶのが苦手だったし、野菜も毎日摂らなくちゃいけないのに、何から摂ればいいかわからなくて腹が立つ。

だけどスムージーだったら簡単。細かく砕いて、流動食にしちゃえばあら不思議。一気に朝ごはんが摂れる。はちみつ入れちゃえば朝からスイーツ気分。でも次第に、いろいろな種類のスムージーに挑戦し始めて、結局何を飲めば良いかわからなくなり、疲れてきてやめた。

 

自分にとっての最適解を、常に自分以外の誰かから知りたい。そうすればだいぶ楽だ。

犬、お前が羨ましい。お前は毎日朝起きて、シッコとウンコをし、餌をもらったあと、カピバラのぬいぐるみの上で寝ているだけの毎日。僕もお前のように、毎日誰かから世話をされて、眠りたい。

 

今こうして書いている文章だって、誰かに教えてもらいたい。

うちの子たちは何を喜ぶのだろうか。知りたいことは何か。聞きたいことは何か。何の気持ちについて話してほしいか。何を書けば喜ばれるのか。何を書くとよくないのか。

 

そうだ、そもそもカンザキイオリをやるのは僕ではなくていいのではないか。

僕ではない人間が曲を書けばいい。僕ではない人間が歌えばいい。僕ではない人間が小説を書けばいい。

 

そんなこと、出来るわけないのだ。

僕は僕でしかない。

 

そういうことを小説で書いた。

 

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小説は、起爆剤のようなものだった。

そこから、物語を展開して音楽へ流し込んだ。肉付けをするのはとても楽しかった。

こういうストーリーだから、こういう歌詞にすればいい。こういう感情があるから、こういう展開にすればいい。

 

誰かが操っている気がしていた。それは出版社の方々なのか、映像制作に携わった方々なのか、ライブ制作に関わってくださった方々なのか。誰かが操っていると思っていた。

思い返せば、誰かなんてどこにもいない。

僕が作った小説に、ずっと操られていたわけだ。

僕はずっと、僕の作品に突き動かされていたわけだ。

 

良くぞ今日まで、作りたいものを作ったと思うぞ。

沢山の嫌なことはあったさ。腹が立つこともあった。叶わないことも、沢山あった。突き詰めればあの時こうしていればと思うことはあった。

だけど後悔なんて、何度でも起きるのさ。何を作ったって、何を考えたって、創作というものは、作品というものは、後に悔いが残るもの。それだけ作り続ければいい。後悔をしない作品を作る創作者なんて、死んでいるのと一緒だ。

でも完成させたぞ僕は。楽しかったぞ。はは。

 

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映画館で映画を見ることは、あまりなかった。

その割に、映画をスマホで大量に観ていた。大量に、映画を流し観して、好きな作品ができる。好きな監督ができる。好きな俳優ができる。好きな女優ができる。

それを本気で観に行くために、映画館へ行く。だから比較的、自分にとって大切な作品を観る時が多い。

映画館ではマナーが求められる。家と同じように、作業しながら観てはいけない。犬を撫でながら観てはいけない。一種の縛りを設けられながら、一つの作品を観る。それはこの「自由に捕らわれる。」の作品を観せる上で、とてもマッチした。

 

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ショートフィルムの映像のシーンと、ライブのシーンを並行して作った。

ショートフィルムのシーンは監督のAimiさん、ライブのシーンは演出のMASAOさんと共に、様々な挑戦があった。

 

ライブだけではなく、有隣堂さんのご協力の元、ライブの告知映像の制作もした。

自分の頭の中だけだった世界が、どんどん形作られるのはとても奇妙だった。恥ずかしくもあったし、嬉しくもあった。作品に携わっていく人が増えていくたび、一人遊びしていた世界に、どんどん友達が増えていく感じで、それがとても嬉しかった。

 

元々、生ライブをやりたいなと感じていた。

それを一体いつやろうかと考えていた。いつ形にしてみようかと。それがとうとう、昨日やり遂げられた。

 

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元々、生ライブをしたいとは思っていた。

というか、何か大きなことをやる時、ライブがすぐ想定されるのが一般的だと思う。

だけど自分には、どうしてもアドリブ力がないと思っていた。本番に弱そう、というか。

 

だからようやく、このライブが迎えられて、嬉しい。

最後の思い出である。

琥太郎とのお別れ。姿夜の一つの恋とのお別れ。そして、この作品とのお別れである。

最後を締めくくるための、記念作と言ってもいいのかもしれない。

実は劇伴はバンドメンバーに生演奏していただきました。

なので、ライブならではの素敵な演奏にアレンジしていただきました。上手すぎて生演奏って気づけたかな?

簡単に、演奏した楽曲のセルフライナーノーツを。

 

「事情聴取」

塩﨑さんの叫びが圧巻。

小説の最初のシーンを、映像にしていただいた。

あのシーンを書いた時、静かに語っていることを想像していたけれど、たぶん心の中はあの塩﨑さんの演技のように、凄まじい号哭を秘めていたのかもしれない。

 

「おはよう」

かもめ食堂をイメージして選んでいただいた。

かもめ食堂は、高校生の時に、学校の先生が教えてくれた。なぜこの映画を主役にさせたかは自分でもわからない。頭の中にずっと残っていた。

 

「自由に捕らわれる。」

今回は、楽曲の最初に持ってきた。少し意外だったら嬉しい。

気持ち的に今回の生ライブは、上映版の後日談のような気持ちもあったから、ならば、この曲も最初である意味もあるなと思った。

 

「中学二年生」

小説は、このシーンを最初に描いた。

だから一番肉付けが楽しかった。

Acoustic Mini Live「日々、」が始まる前に、この作品を作り始めた。長い作品だった。

 

「君の神様になりたい。」

姿夜が琥太郎を思う気持ちにピッタリだと思い、この曲にした。

愛するものの悲しみに寄り添える人間になれたらどれだけ良いだろうか。自分のためじゃなく相手のために何かを生み出せたら。そういう人間に僕はなりたい。

 

「地獄に落ちる」

琥太郎の心には、多分、こういう気持ちがあったのだろうと思う。

琥太郎は、地獄にいるんだろうか。ならば姿夜も、自分から地獄に行くのだろうな。

 

「中学三年生」

いいんだろうか、大丈夫だろうかと思いながらこのシーンを書いた。

本当に、お金をかけて個人的な趣味に付き合わせてしまって申し訳ない。が、だからこそより一層細かく表現してもらった。ありがとう。

 

「スーツ」

エロのUSBハブみたいな曲。

スーツと一緒に、自分の殻も脱ぎされればどんなに幸せなことだろう。

 

「吸血鬼」

姿夜は食べられたいと思っていたわけで、ところで人の肉というのはどんな味がするのだろう。

歌詞に「ネズミや野良犬の血で凌いで」と書いてある。や、やめてください!どっちも飼育経験者です!

 

「忘れてしまえ」

「忘れてしまえ」は、この物語のためにあったのだろうかと思うくらいマッチした曲だった。

思い出なんて、いつでも僕たちの邪魔をする。姿夜もきっと、新しい恋をする。でもきっと、忘れたくても、忘れることなんてできない。

 

「高校一年生」

普通の日常のように見えて、彼らの背景にはさまざまな過去や事情が蠢いている。

その上で彼らは出会った。

 

「ガラスペン」

「おっぱい」という単語を、ライブで言えて嬉しい。おっぱいはやっぱり安心する。余談だが、ここの「おっぱいとか」はデカ目の声で言おうと思って、歌詞のメモに「おっぱい(でかい)」と書いたのは良い思い出である。

好きな人から買ってもらったものは、何だって嬉しい。どんなに安くたって。愛はお金では買えないというのは、きっとこういうことなんだろうか。

 

「大人」

姿夜は十八歳になった。

十八歳。あの頃の自分は、大人になるなんて、思ってもいなかっただろう。

あの頃の自分は、今の僕を見て何を思うのだろう。

 

「心臓と絡繰」

人と人の絆というものは、パズルみたいなものだと思う。

僕は頭が弱いから、パズルは完成したことがない。途中で投げ出すか、壊すばかりだ。

 

「高校二年生」

撮影現場を見させていただいたことがある。

自分で作った作品なのだけれど、なぜだか、ここにいてはいけない気がして、二人の世界を邪魔しちゃいけない気がして、すぐに帰った。

とても美しいものを作っていただいたと思う。

 

「ハグ」

寒さを理由に、何でも許してほしい。

姿夜だったら琥太郎のことを何でも許すし、琥太郎も姿夜のことを何でも許すと思う。

二人とも、なぜ別れなくてはいけなかったんだろう。

 

「結局死ぬってなんなんだ」

姿夜はきっと、「死」というものを、早く知ってしまった。

死なんてものは、極力知らなくていい。大半が辛さでできている。

でも全てが悲しみだけではないことを、きっと姿夜はちゃんとわかっている。

 

「人間じゃない癖に」

このファンクラブコンテンツの題名でもある。そもそも人間とは何だろう。

僕たちは人間でしかないのに、人間だと思えないのはなぜなのだろう。

人間じゃなくてもいいのに。

 

「カーテン」

カーテンは、心の壁を表している。

僕の部屋のカーテンは、犬の日向ぼっこのために基本開いている。ちなみに夜も開いている。曲と違うと思われたらすみません。でも心を開くことはほとんどありません。近寄るな。

 

「時計」

秒針が当たり前に進むように、僕たちの思想や、僕たちの願いも、当たり前であってほしい。

もう眠りたい。

 

「命に嫌われている。」

人は必ず死ぬ。だから人は必ずいつか別れる。

別れることをわかっているのに、何で人は人と出会ってしまうんだろう。

毎回性懲りもなく、人を愛してしまうんだろう。生きてほしいと、共に生きたいと願ってしまうんだろう。

 

「月」

東京に行く前の、姿夜の話。

映像のために新規執筆した部分を、形にしてもらった。

生活の、静かな中に、あんたがこびりついている。

でも、あんたは死んだ。

 

「あんたは死んだ」

愛というのは、さまざまな経験を経て、得るものだと僕は思う。

いろんなことを経験する。一度だけでわかることもあるし、沢山の要因を経て気づくこともある。

愛は人によると思う。人の数だけ愛がある。

 

「告白」

この曲は、後悔だけで出来ているわけではない。

人を好きになれたことの、証明である。

 

今まで本当にありがとう。

もしかしたらどこかでまた会うことはあるかもしれないけれど。

ここで一つの区切りとして。

僕を支えてくれてありがとう。僕をここまで導いてくれてありがとう。

僕に、この景色を見せてくれてありがとう。

 

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さて。

 

死ぬ気で作品を作った。

とうとう終わってしまった。

終えたら、どうなる。

 

死ねばいいか。私なんて。

 

ずっと思っていたことがある。

生きていることを喜ぶべきなのに、死んだ時に悲しむのはおかしい。

死ぬことだって当たり前なのに、生きていることを無視するのはおかしい。

生きているだけでよかったねと、言い合うことがなぜできないのか。

 

生きていてほしいと、生きていてよかったと、一度だけ言われたことを思い出す。

それは大人になってから。私の作品を知っている人が、私のことを、私のような人間が、生きていてよかったと、言ってくれたのを思い出す。

私はその時、ああ、そういうことを言う人間は、そういうことを私に直接伝えてくれる人間は、私の人生にはいなかった、と思い出す。

手紙では、よくそういうことを言っていただける。それはとても嬉しい。でも直接言ってくれるような人間は、私の周りにいただろうか?

 

生きることが当たり前になっている。生きていることが、当たり前になっている。

なぜ、私は生きているんだろう。

私以外に、死んでいる人がいる。この世の中には、沢山の人間が死んでいる。ならば私だって死ぬ可能性が十分ある。

例えば、明日死んでしまうかもしれない。

今このエッセイは、書き上げたことによって、このエッセイが遺作なのか、遺品なのか、遺書なのか。「死んだ者の作品」になる。

事故に遭う。殺される。災害が起きる。体に何らかの異変が起きる。死ぬ原因は身近に潜んでいる。

 

私は知りたい。

いい加減教えてほしい。

なぜ私が生きているのか。

いつでも死ぬかもしれないのに、私が生きている理由は何か。

私は生きたい。死ぬなんてとんでもない。死ぬのは怖い。

だから生きたい。生きたいから、だから、教えてほしい。

 

私が生きている理由を教えてほしい。

私が生きるための理由を教えてほしい。

私が曲を作らなかったら?私が音楽をしていなかったら?私が創作をしていなかったら?

私の価値は一体どこにあるのか。そもそも人間に価値を求めるのがおかしい話なのか。もしも話をすることも間違いないのか。

とにかく教えてほしい。

 

私は生きたい。生きたいのに。